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東京地方裁判所 平成9年(合わ)71号 判決 1997年9月11日

主文

被告を懲役六年に処する。

未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入する。

押収してある空薬きょう四個(平成九年押第七四一号の1)、けん銃の弾頭金属片若干(同押号の2、3)、実包七発(同押号の5、7、8、11)実包七発及び発射済み弾丸・空薬きょう各二個(同押号の13)、けん銃用部品と認められるバレル一個(同押号の4)、同スライド一個(同押号の6)、同マガジン一個(同押号の9)、同リコイルスプリング軸一個(同押号の10)、同フレーム一個(同押号の12)、同スライドストップ一個(同押号の14)、同バレルブッシング一個(同押号の15)をいずれも没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告は、

第一  法定の除外事由がないのに、自動装てん式けん銃一丁を所持していたものであるが、平成八年一一月二八日午後八時一五分ころ、東京都港区白金台<番地略>所在の×××四〇一号室前通路付近において、右自動装てん式けん銃一丁(平成九年押第七四一号の4、6、9、10、12、14、15は、いずれも同けん銃の分解後の部品)を、これに適合するけん銃実包二四発(同押号の5、7、8、11の実包七発及び同押号の13のうち実包七発は右適合けん銃実包の一部、同押号の13のうち発射済み弾丸・空薬きょう各二個は右適合けん銃実包のうち二発を鑑定により試射した後のもの、同押号の1、2、3は、右適合けん銃実包のうち四発を後記第二の犯行において発射した後の空薬きょう及び弾頭金属片である。)と共に携帯し、

第二  法定の除外事由がないのに、前記日時ころ、同所において、右×××四〇一号室所在の株式会社○○○事務所の玄関扉に向け、所携の前記自動装てん式けん銃で実包四発を発射し、もって、不特定若しくは多数の者の用に供される場所においてけん銃を発射したものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一  銃砲刀剣類所持等取締法三一条の五所定の自首(判示第一の罪)に当たる旨の主張について

1  関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告人は、本件犯行後、判示のけん銃(以下「本件けん銃」という。)を分解し、横浜市鶴見区の鶴見川(同所での幅員九〇メートル)岸において、川岸を移動しながらその部品及び判示の実包のうち残余の二〇発を川中に投棄したこと

(二) 被告人は、平成八年一二月九日午前一〇時四〇分ころ、警視庁高輪警察署に出頭して本件犯行を自供し、本件けん銃を分解してその部品と実包二〇発等を鶴見川に投棄した旨申し述べるとともに、その旨の上申書並びに本件けん銃の略図及び本件けん銃等を投棄した現場の略図を作成したこと

(三) 被告人は、同日午後、警察官を鶴見川の本件けん銃等の投棄現場に案内し、横浜市鶴見区栄町通三丁目三〇番地九所在の共和運輸株式会社独身寮に掲げられている「民間車検」の看板の前から同番地八所在の同社整備工場西端の雑木の前辺りまで(その間約三四メートル)の間で上流方向に移動しながら川岸から本件けん銃、実包等を投棄した旨指示したこと

(四) これに基づき、同日から同月二四日までの間に六日間計六回、延べ二五時間余にわたり、民間業者の協力を得るなどして、船艇から縦約一二・五センチメートル、横約二一センチメートルの磁石や直径約一一一センチメートル、厚さ約二二センチメートルの円形電磁石等を用いて川底の捜索が実施され、その結果、第二回ないし第五回の捜索(延べ約一八時間、捜索に従事した捜索員延べ四八名)において、前記独身寮前から同整備工場前に至る約三七・四メートル(本件けん銃の部品についてはその間の約一六・七メートル)、護岸からの距離約一〇メートルないし約二八・四メートルの範囲から、分解された本件けん銃の部品七個(平成九年押第七四一号の4、6、9、10、12、14、15。復座バネ及び同プラグの二個の部品を補充することにより、けん銃としての機能を有することになる。)及び実包一六発が発見され領置されたこと(なお、第一回及び第六回の捜索においては遺留物の発見に至らなかった。)

2  以上のとおり、被告人が警視庁高輪警察署に出頭した平成八年一二月九日当時、本件けん銃は分解され、その部品が川幅約九〇メートルの川中に前記のとおり広範囲にわたって投棄された状態にあり、その後の被告人の案内指示に基づく多数の捜査員らを投入した多数回、長時間に及ぶ前記捜索によってようやく本件けん銃の部品のうち七個が発見、領置されるに至ったものである。

このような本件けん銃の部品の発見、領置の経緯に照らすと、被告人の案内指示によって右発見、領置に至ったからといって、これをもって、被告人が本件けん銃を提出したものと認めることはできない。

3  以上のとおりであるから、本件において、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の五所定の自首があったということはできない。所論は採用することができない。

二  刑法四二条一項所定の自首(判示各罪)に当たる旨の主張について

1  関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 捜査機関は、本件犯行(平成八年一一月二八日午後八時一五分ころ)の直後ごろ、判示株式会社○○○(以下「○○○」という。)の経営者であるAから一一〇番通報を受けて、何者かによるけん銃の発射の事実を認知し、以後、犯人の割り出し等に向けて捜査を開始し、A、○○○の従業員であるB、同C、Aが経営していたショーパブであるフォクシーで外人ダンサーの送迎車の運転手をしていたD、本件犯行前後にそれぞれ本件犯行現場付近で不審な男を目撃したE、Fらから事情聴取等を行い、被告人が警視庁高輪警察署に出頭して本件犯行を自供した同年一二月九日の前日である同月八日までに、要旨次のとおりの情報を得ていた。

(1) 平成八年七月ころ、ロシア人ダンサーの雇用を巡り、○○○とG経営の有限会社△△△(以下「△△△」という。)との間でトラブルが生じていた。△△△の背後には暴力団甲野組がおり、○○○と△△△との話合いの際に、同席した甲野組のGという男が、Aに対し、フォクシーで働いているロシア人ダンサーらを△△△に戻すよう、暴力団の威力を背景に脅しを掛けて要求した。そこで、Aは、知り合いの警察官に相談して善処方を依頼した。

(2) その後、同年八月下旬から九月初めころ、Gは、問題のロシア人ダンサーの所在を確認するためフォクシーを訪れたが、見つけられないまま帰った。その翌日、男が一人ずつそれぞれ黒色(湘南ナンバー)と白色(練馬ナンバー)の二台のベンツ(以下、この黒色のベンツを「本件ベンツ」という。)をフォクシーの近くに止め、六階にフォクシーがあるビルの方を見ていた。Dがフォクシーで働いているロシア人ダンサーを寮に送る送迎車をフォクシーから発進させると、右二台のベンツがその送迎車の後を追い掛けて来た。Dが送迎車を止めると、その運転席に本件ベンツが近づいて停止し、同車を運転していた被告人がDをにらみつけて走り去った。さらに、白色ベンツから男が降車して歩いてDの方に向かって来るのを見て、Dは送迎車を発進させた。その後一週間くらい、フォクシーの近くで右二台のベンツが見かけられた。なお、被告人は前記甲野組組員であり、本件ベンツの所有名義人であった。

(3) 同年一一月二五日午後九時ころ、男の声でフォクシーに「お宅の会長(A)はベントレーでおれの車の後をつけてやがる。ベントレーを反対におれがつけたら逃げやがった。根性のねえ野郎だ。おれの名前はそのうちわかる。絶対におれは許さないからな。」という電話があった。そこで、連絡を受けて、BとCがフォクシーに向かうと、フォクシーの少し手前に本件ベンツが止まっていたが、誰も乗っていなかった。二人は、フォクシーで特に異常のないことを確認した後、待機するため同ビルの二階にある喫茶店に入ったところ、出入口付近のテーブルに一人で座って新聞を読んでいた被告人と目が合って一時にらみ合いになったが、その後、しばらくして被告人は同喫茶店を出て行った。

(4) Aや○○○の従業員らは、これまでの経緯から考えて、本件犯行の原因については、△△△とのトラブル以外に格別思い当たる節はなかった。

(5) 本件犯行の直前である同年一一月二八日午後七時四〇分ころ、本件犯行現場付近の港区白金台五丁目一八番四号所在のシティハイツ脇でサングラスを掛け黒色革製のジャンパーを着て顔半分を白色マフラーで隠したスマートな感じの三十代の男が自転車にまたがっていた。

本件犯行時ころである同日午後八時二〇分ころ、年齢二〇ないし三〇歳くらいで身長一七五センチメートルくらい、体全体がスリムな感じで小さい丸い感じのサングラスを掛け、顔を鼻付近から下にかけて白っぽいマフラーで隠し、黒色ジャンパー、Gパンようの細身の黒っぽいズボンを着用した男が右脇にボストンバッグを抱えて、本件現場付近を全速力で走って行った。

右目撃された男の年齢、体格は被告人のそれ(当時三二歳。身長一七二・五センチメートル、体重六一キログラム。)とおおよそ似通ったものであったが、目撃者はいずれも、被告人の顔写真を見ても右の男を被告人であると確認することはできなかった。

(二) 捜査機関は、捜査の結果以上のような情報を得て、本件犯行は○○○と△△△とのトラブルに起因するものであり、△△△の背後にいる暴力団甲野組の関係者によって行われたものと考え、特に同組の組員である被告人が本件ベンツを運転してフォクシーの送迎車を追い掛け、あるいはフォクシー近くに本件ベンツを止めてフォクシーの様子をうかがい、また、本件犯行の三日前には、○○○の関係者とにらみ合うなどし、さらに、本件犯行の直前、直後ころ本件犯行現場付近で目撃された不審な男と年齢、体格がおおよそ似通っていたことから、平成八年一二月八日までに、被告人を犯人と見込み、既に同年一一月三〇日には同人を本件犯行の被疑者としてその自宅の所在確認捜査を行い、被告人が住民登録をしているマンションの一室に赴き、被告人が同所を生活の拠点としていることを確認するなど同人に対する内偵捜査を進めていた。

2  ところで、犯人が捜査機関に発覚したというには、捜査機関がそれまでに収集した証拠資料を総合した上で合理的な根拠に基づきその者が犯人であると特定した場合でなければならない。そこで、本件において、被告人が出頭するまでに、捜査機関は、前記1(一)の情報ないし証拠資料に基づき、同(二)の理由から被告人を犯人と見込んでいたものであるが、その判断が合理的な根拠に基づくものであるか否かについて検討する。

まず、捜査機関が前記証拠資料から本件犯行が暴力団甲野組の関係者によって行われたものであると見込みをつけたことは合理的な根拠に基づくものということができる。しかしながら、更に進んで甲野組の関係者の中から被告人を犯人として絞り込んだ点についてみると、その根拠は、被告人が、以前からフォクシーの送迎車を追い掛け、あるいは、フォクシーの様子をうかがい、本件犯行の三日前には○○○の関係者とにらみ合ったことがあるほか、本件犯行の直前、直後ころ本件犯行現場付近で目撃された不審な男と年齢、体格がおおよそ似通っているという間接的な事情にとどまるのであって、被告人と本件犯行を結び付けるにはなお薄弱であり、当時本件犯行が甲野組による組織的なものである疑いが強く、本件犯行前に被告人のように表向き目立った行動をとった者とは別の甲野組関係者が本件犯行に及んだ可能性も否定できないことからすると、捜査機関が当時被告人を本件犯行の犯人であると特定したことは、合理的な根拠に基づくものとまではいえない。結局のところ、その実質は、捜査機関が、暴力団甲野組の組員の中で表向き○○○関係者に最も接触しているのが被告人であること等から、被告人を本件犯行の当面の容疑者として捜査線上に浮上させたに止まるものと解される。

3  そうすると、捜査機関は、被告人が平成八年一二月九日警視庁高輪警察署に出頭して本件犯行について自供するまでに、合理的な根拠に基づき被告人を犯人と特定できたものとまではいえないから、被告人の右自供は、捜査機関に発覚する前に行われたものであって、刑法四二条一項所定の自首に該当する。所論は理由がある。

三  本件けん銃の発射場所が銃砲刀剣類所持等取締法三一条、三条の一三にいう「不特定若しくは多数の者の用に供される場所」に該当しない旨の主張について

本件けん銃の発射場所がマンション内の共用部分である通路ないしこれに接し、扉が開放されているエレベーターであることなど関係各証拠により認められる同所の機能、目的、用途及び周囲の状況等に照らすと、同所が不特定若しくは多数の者の用に供される場所に該当することは明らかであり、このように被告人の判示第二の所為に右法条を解釈適用しても刑罰法規の明確性や右法規の内容の適正を損なうものではなく、憲法三一条に違反するものではない。所論は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第二項、一項、三条一項に、判示第二の所為は同法三一条、三条の一三にそれぞれ該当するところ、判示第二の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入し、押収してある空薬きょう四個(平成九年押第七四一号の1)、けん銃の弾頭金属片若干(同押号の2、3)、実包七発(同押号の5、7、8、11)、実包七発及び発射済み弾丸・空薬きょう各二個(同押号の13)、けん銃用部品と認められるバレル一個(同押号の4)、同スライド一個(同押号の6)、同マガジン一個(同押号の9)、同リコイルスプリング軸一個(同押号の10)、同フレーム一個(同押号の12)、同スライドストップ一個(同押号の14)、同バレルブッシング一個(同押号の15)はいずれも判示第一のけん銃・適合実包携帯の犯罪行為を組成したもので被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、被告人が、マンション四階の通路付近において、自動装てん式けん銃一丁を、これに適合する実包二四発と共に携帯し、同階にある会社事務所の玄関扉に向けて右けん銃で実包四発を発射したという事案である。

適合実包の携帯数及び発射数ともに少なくない上、当時、被害会社の事務所内では六人が仕事をしており、発射された実包のうち二発は玄関扉の室外側の鉄板を貫通し、室内側の鉄板に当たってその箇所に凸痕を作るなど、本件犯行は、一つ間違えば重大な結果を生じかねない危険性の高い行為であった。その態様も、自己の犯行であることを隠ぺいするため犯行前にサングラス、つば付き帽子、マフラー、ジャンパー等を着用して変装し、マンション一階のオートロックドアを開けて入る住人の後から気づかれないよう素早くマンション内に入り、四階エレベーター内から、その扉を開けたまま犯行に及び、犯行後は素早く逃走し、けん銃を分解してこれを残った実包や右変装具と共に川に投棄して罪証を隠滅するなど計画的で悪質である。

被告人は、会社間のトラブルに自己の所属する暴力団が介入したにもかかわらず、その一当事者であった被害会社が警察に相談するなどしたため、予期したとおりにことが運ばず、また、被害会社の経営者や従業員らの態度にも怒りを覚えたことから、このままにしてはおけないと考え、本件犯行を決意し実行したというものである。右会社間に外人ダンサーの雇用を巡りトラブルはあったものの、私法契約上の問題として話合いないし裁判によって解決されるべき事柄であり、また、その後の被害会社の経営者らの行動も暴力団から会社を守るためのものでもとより暴力等に及ぶものではなかったのであるから、本件は被告人の一方的で極めて反社会性の強い犯行というべきであり、その動機において酌むべき点は全くない。

被害会社の経営者や従業員らは、何らけん銃を発砲されるような理由はないのに、会社事務所内で仕事をしている最中、突如、その玄関扉に向けてけん銃を発砲されたものであり、同人らの不安感や恐怖感はさぞ大きかったと推認される。これに対し、被告人は何ら慰謝や被害弁償の措置を講じていない。また、本件は、交通頻繁な大通りに面し、後方も閑静な住宅街を控えたマンションのエレベーター前通路付近でけん銃が発砲されたものであり、周辺住民らに与えた影響も無視できない。

これらの事情を考慮すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

しかしながら、他方、被告人は、自ら警察署に自首するとともに、警察官を本件けん銃等の投棄場所に案内するなど当初から本件事実を認め、当公判廷において、二度と同種の行為をしない旨述べていること、本件により所属していた暴力団を除籍処分となり、暴力団組織から一応離脱していること、本件勾留中に婚姻した妻が出廷して被告人の更正に協力する旨供述していること、被告人には平成元年に傷害及び暴力行為等処罰に関する法律違反の罪により懲役一年(三年間執行猶予)に処せられたほか前科がないことなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。

そこで、これらの諸事情を総合考慮した上で、被告人に対し、主文の刑を科するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川正持 裁判官 伊名波宏仁 裁判官 村川浩史)

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